まだまだ修養が足りない私は、人の言動で
イラッとしたり傷ついたり悲しくなったりします。
心の世界では「他人は自分の鏡」と言うものの、
その言動が「私は絶対しません!」と断言できる
ものである場合も多くて意味が分からなかったの
ですが、メンターであるMOMOさんにお尋ねして
みたところ、他人の言動で生まれる不快感は実は…
私がしてはいけない事ができて羨ましい!
という気持ちの表れなのだそうです!
そして、「してはいけない」と思っているそれって
本当にしてはいけないの? しても別に問題
ないのでは?というお知らせでもあるそうです。
「してはいけない」と思っている事って、多くが
幼い頃の両親の躾によるもの。他人に迷惑を
かけないため、不快感や不安を与えないために
すべき事やしてはいけない事を教えられました。
それらの決まり事や、私が成長過程で不快に
感じた結果「私は人にしないようにしよう!」と
決めた事柄が「絶対守るべきマイルール」として
私の中にそれはそれはたくさん存在しています
でも、それらは絶対的に正しい訳ではありません。
だからこそ、私が禁じている言動を悪気も悪意も
なく、また悪びれることもなくする人が沢山います。
自分がして叱責されたり体罰を受けたりした事を
誰からも咎められずにできて羨ましいという気持ち、
八つ当たりしたい気持ちが強い不快感を生むそう。
鏡は反転して映し出し、「逆」を見せてくれます。
他人が見せてくれるのは、「私が禁止している事を
私もしている」ということではなく、「してはいけないと
思っているけれど、してもいいのでは?」ということ。
ルールを「〇〇すべき」から「〇〇しなくてもいい」に、
「△△してはいけない」から「△△してもいい」に替えたら
より自由になれるし、人の言動を不快に感じなくなる。
「三つ子の魂百まで」なので、幼い頃からの思い込みを
手放すのはなかなか大変ですが、頑張ってみます!
MOMOさん、いつもありがとうございます!